■第3回:ストック・オプションのインパクト(2008/2/5)
このコラムは,主として専門家(自称専門家を含みます)以外の皆様を対象にしております。
【ところで株式って?】
ところで,そもそも株式というのは何かを考えてみたいと思います。
株式は,本質的には,会社を支配する権利が細分化されたものです。そして,株式の総数(発行済株式総数)のうち,会社を支配する株式をどれだけを保有しているかが,会社の支配力の源になります。そして,個々の株式の価値を貨幣価値で測定したものが株価です。では,その株価はどうやって決まるかといえば,観念的には企業価値に依存します。「観念的」というのは,株式を公開している場合,株価は純粋な企業価値というよりも,もっぱら需要と供給のバランスで決まります。もちろん,この場合でも企業価値がベースにはなりますが,現実には,その会社に対する虚実入り乱れた期待やリスク,その時点での政治&経済&社会&国際情勢に影響されるものです。閉じた市場での相対取引でも究極的には需要と供給の力関係で株価が決まることには変わりませんが,オープンな市場では売り手と買い手の事情だけでは決まりにくいのです。
【「売却派」と「支配派」】
ストック・オプションを割り当てられた人(自然人あるいは法人)は,将来一定の価格で株式を購入する権利を与えられたわけであり,権利行使すれば,通常は株主として会社を支配する権利を得られるわけです。しかし,大多数の人は,会社を支配するとかいう考えは毛頭なくて,むしろ株式の貨幣価値のみ関心があるものです。とっとと権利行使&売却しておカネをゲットする・・・これです。「売るために買う」,これがおそらく多数派の考え方です。これを便宜上「売却派」と呼びます。
しかし,一部の人たちは,株価云々よりもむしろ会社の支配が重要です。そうなると,会社を支配するためには,株価がどんなに高くても株式を買いたいと思いますし,逆に支配を維持したいためには,なるべく株価を高くして,会社を支配したい者が株式を買いにくくしたくなります。「支配するために買う」,これがおそらく少数派の考え方です。これを便宜上「支配派」と呼びます。
「売却派」とか「支配派」とか言っても,血生臭い話ではありません。この呼称は,株式を保有する動機を分けるためのあくまで説明上の技巧です。もちろん,「売却派」「支配派」といっても,それは二者択一ではないことは言うまでもありません。これらは排他的なものではなく,両立しうるものです。同じ人でも,持っている株式について,一部は「売却派」で一部は「支配派」ということはあります。
それにしても,このコラム,最初に書いたのは2004年ですよ。この後に,世はライブドア事件,M&Aの横行と買収防衛策の構築が花盛りとなりました。たぶん,最初は「は??」だった方も,当時よりもイメージしやすいのではないでしょうか。
【「売却派」へのインパクト】
典型的パターンです。どの本にも書いてあります。
何度も繰り返しになり恐縮ですが,ストック・オプションとは,本来「ある一定の期間(権利行使期間)にある特定の株価(権利行使価格)で株式を買うか買わないかを選択できる権利」です。しかし,実際にストック・オプションの権利行使をする大半の人は,「株式を買う」という感覚がありません。結果としておカネを受け取るにすぎないからです。実は,権利行使(株式の購入)とほぼ同時に株式の売却を行っているのです。つまり,ストック・オプションの権利行使によって受け取るおカネは次の金額です。
(売却時の株価−権利行使価格)×株式数=受取額(手数料その他は除きます)
つまり受取額は株式売却益(キャピタルゲイン)であり,売却時の株価が高ければ高いほど,設定された権利行使価格との差額が広がるため,受取額は大きくなっていきます。
ストック・オプションの割当を受けた人,とりわけ役員や従業員は,その権利行使&売却によって得られるキャピタルゲインのために,株価を上昇させる基礎となる会社の業績を向上させようと努めます。この努力とその他の諸事情とがうまく展開して会社の業績は向上し,結果として株価上昇を果たし,あるいは株式公開を成し遂げることになります。株価が上がればそれだけ受取りが増えるという点で,ストック・オプションとは,まさしく個人の利益(フトコロ)と会社の利益(業績)とがリンクするインセンティブ報酬なのです。
ストック・オプションの行使の典型的パターンは,購入したら売却であり,それが可能なのは,当該会社の株式が公開されていることでした(第2回参照)。ストック・オプションを権利行使して,一時的におカネを出して株式を購入してから,速攻でこれを売りに出すことになります。株式は公開されて市場で流通しているので,その株式を市場に参加している他人に売っているということになります。重要なのは,ストック・オプションで儲かるということは,会社からおカネをゲットするのではなく,その株式を買った者のおカネをゲットするということなのです。
【「支配派」へのインパクト】
ストック・オプションの利用は,大半は今述べた権利行使してすぐに売却するパターンです。しかし,ストック・オプションの本質は,ある時点での株価にかかわらず,あらかじめ決まった価格(権利行使価格)で株式を購入できる権利です。
では,「支配派」はストック・オプションをどう使うのでしょうか。
ここで,株式公開に向けて成長を続けるX社の経営者A(男性)のケースを考えてみたいと思います。Aは,将来株式公開しても「会社=オレの物」という意識が非常に強く,現在と将来の経営権を確保するために,どうしても持株比率の過半数をキープしなければという気持ちを強く持っています。株式公開に向けた資本政策のプロセスで,次々と増資していくということになれば,その都度増資をある程度引き受けないと,持株比率が下がってしまいます。Aも増資を引き受け続けました。ところが,第○回の増資で,Aが株価5,000円で10,000株払い込まないと持株比率が50%を切ってしまう状況になりました。しかし,持株比率を維持すべく度重なる増資を引き受けてきたAの自己資金も限界です。
会社の業績の向上は,企業価値(株価)が上がっていくことを意味します。その時々の払い込む株式の単価(=株価)は右肩上がりの企業価値を反映して上昇しています。となれば,増資のたびに払込金額が増えていくので,よほどA個人に財力がないかぎり資金が不足するというわけです。そこで,ストック・オプションを使うのです(注1)(注2)。
Aはこのときストック・オプション(権利行使価格1,000円)を保有していたとします。このタイミングでAが権利行使すると,なんと5分の1の資金で増資に応じ,持株比率を維持できるのです。このように,Aはストック・オプションを使うことで,本来の株価よりも安い金額で株を購入できるのです。つまり,資金負担が少なくて済むのです。
(注1)「新株予約権をこのような形で利用するときはもはやストック・オプションとは言わず,端的に新株予約権と言うべきだ」と批判があるかもしれません。確かにおっしゃるとおりです。ただ本稿は純理論的な定義づけや場合分けは最小限度にとどめることを重視しておりますゆえ,ご理解いただければと思います。
(注2)このようなストック・オプションの権利行使の形態も,資本政策であらかじめプログラムされていることも少なくありません。
【会社それ自体へのインパクト】
ストック・オプションはそれを発行する会社それ自体にどのようなインパクトを与えているのでしょうか。先の例では,Aがストック・オプションを行使して,本来の5分の1の払込みで持株比率を維持しました。ただし,これは会社から見れば,通常の5分の1しか資金が入らないということです。これは何を意味するのでしょうか。
ところで,先ほど株価は観念的には企業価値に依存すると申し上げました。「企業価値とは何か」というと,それをご専門に研究されている方も多数いらっしゃいます。私はしがない実務家であり,ストック・オプションが会社に与えるインパクトが説明したいだけですので,企業価値とはさしずめ「財務情報で言うところの自己資本(純資産)」とさせていただきます。
とすると,株価とは,以下の算式で表現されましょう。
1株あたり純資産(株価) = 純資産額/ 発行済株式数
例として,とある会社Y社では,以下の関係があるとします。
100円(=100,000円/1,000株)
ここで,100円(現在の株価)で1,000株を増資したとします。
すると,純資産額は100,000円(=100円×1,000株)増加し,発行済株式数は1,000株増加します。
増資後は,以下のとおりになります。
100円(=200,000円/2,000株)
ところで,Y社はストック・オプション(権利行使価格は10円)を発行しています。被割当者が権利行使すると,行使株式数×権利行使価格の金額が自己資本としてY社に払い込まれます(注)。繰り返しになりますが,被割当者が権利行使するのは,その時点での会社の株価よりも権利行使価格が低いタイミングです。この局面では,時価が100円で権利行使価格は10円という状況です。ここで,ある被割当者が1,000株権利行使します。
すると,純資産額は10,000円(=10円×1,000株)増加し,発行済株式数は1,000株増加します。
権利行使後は,以下のとおりになります。
55円(=110,000円/2,000株)
ストック・オプションを権利行使すると,自己資本は増えるには増えますが,権利行使価格が時価より低いため株価は100円から55円に激減しています。かなり極端な例ではありますが・・・
つまり,ストック・オプションを権利行使されると,1株あたりの企業価値(=株価)が落ちることになるのです。なぜなら,株式を発行して資金調達する場合,そのときの企業価値に見合った株価で調達しないと,株価に対して安い金額でしか払い込まれないために,1株あたりの価値が落ちてしまうのです。
(注)ストック・オプションを持っている人が権利行使したとき,会社が採る方法は2つあります。新たに株式を発行する方法と,すでに会社が保有している自己株式(いわゆる金庫株)を交付する方法です。
【既存の株主へのインパクト】
既存の株主の立場でストック・オプションを考えてみましょう。
先に述べたように,ストック・オプションが発行されるということは,いつか権利行使価格が時価を下回ったときに権利行使されるということですから,イメージとしては,そのとき株価は下がることになります。
感情的には,ストック・オプションを割当られた人は,権利行使したときは時価より安く株式を買えるわけですから,そのときどきの時価で株式を購入している株主にはあまり面白くないということになります。
「売却派」,これから株式を売っておカネをもうけようとしている株主にとっては,株価が下がるということは,キャピタルゲイン(売却益)が少なくなりますし,最悪の場合にはキャピタルゲインどころか株式を売れないという状況になってしまいます。
「支配派」,会社を支配しようとする株主ですと,株価が落ちるということは,他人が株式を買いやすくなるので,ノッとられリスクが高まります。
このように,ストック・オプションは既存の株主の利益に大きな影響を与えるので,その発行は,会社法上,原則として株主総会の決議が要求されています。
【投資家へのインパクト】
今度は,投資家,つまり,これからその会社の株式を買おうという人の立場で考えてみましょう。
ストック・オプションを発行しただけでは,割当てられた人が権利行使しないかぎり,会社の自己資本や発行済株式数に何ら変化はありません。ただし,会社がストック・オプションを発行しているということは,いつか割安価格で株式が発行される可能性があるということです(会社が保有している自己株式を割り当てず,新株を発行する場合です)。ここで,権利行使前のストック・オプションのように,いつでも権利行使すれば株式になる状態のものを潜在株式といいます。ストック・オプションを割当てられた人が権利行使すると,会社的には,株式数の増加に対して,その時点の時価よりも低い価格での払込みとなるために,イメージ的に1株当たり純資産(企業価値)が下落することになります。また,例の「売却派」は,権利行使したら速攻で売りに出すでしょうから,需要と供給のバランスからいって,市場の株価が下がる可能性があります。
投資家でも,「支配派」,株式を買いまくって会社を支配しようとする人にとっては,株価が落ちるということは,それだけ株式を買いやすくなるので好都合ですが,「売却派」の投資家は,株式を買った後で,被割当者に権利行使されて株価が落ちればキャピタルゲインも減る(最悪売れない)という羽目になります。もっとも,この株価の下落をとらえて株式を買えば,その後の株価上昇でより大きなキャピタルゲインを得られる可能性はあります。
このように,ストック・オプションの有無,つまり潜在株式の有無は,これから株式を買おうとする投資家の判断にも重要な影響を与えます。このため,ストック・オプションを含めた新株予約権の発行状況は登記事項にもなっていますし,開示制度上も,すでに発行されている株式に加えて,これらの潜在株式をも織り込んだ,潜在株式調整後1株当たり当期利益や純資産額の開示が求められています。
【まとめ】
かつては(といってもつい最近まで),ストック・オプションの発行枠が制限されていた時代もありました。発行済株式総数の10分の1までとか,特別法を使ってやっと3分の1までとかです。これが商法の改正で制限枠がなくなり,さらに会社法になって,いろいろなタイプのストック・オプション,広い意味では新株予約権を発行できるようになりました。しかし,あまりにストック・オプションを発行すると,潜在株式が大量に存在しているため,これらが一度に権利行使され売りに出されれば,需給バランスを崩し,株価が下落することになります。これは株式を買おうとする人にとってリスク要因です。何より,株価の下落は,これまで会社の業績向上に貢献し,真の意味でストック・オプションのメリットを享受すべき人のキャピタルゲインを減らしてしまいます。いくら制限枠が撤廃されたからといって,ストック・オプションの大盤振る舞いには十分な配慮が必要かと思います。現在では,株式公開を狙う会社がもつストック・オプション(潜在株)は,発行済株式総数の10%から20%くらいにしておくというのが,実務上は一般的です。
【余談(会計上の視点)】
今回においては,ストック・オプションの権利行使とこれに係る株式売却という純粋な行為が各方面に与える影響を中心に展開しました。このため,(私なりに)流れをよくするため,「会社それ自体に対するインパクト」でのもう一つの重要なものを省いて展開しています。それは,会計上の問題です。ストック・オプションを発行して役員や従業員に割り当てること,これは「売却派」にとっては,インセンティブにほかなりません。つまり,割り当てる会社の方も,割り当てられる人にとっても,ボーナスのような感覚です。もちろん,先に述べたように,その「ボーナス資金」は会社が払うのではなく,ストック・オプションで権利行使した株式を購入した人ではありますが・・ボーナスだとしたら,これは人件費なので,ストック・オプションを割り当てたときには会計上費用としなければならないのではないか?費用として計上するということは利益が減るということで,企業価値が減少して(観念的な)株価が下がるのではないのか?という問題意識が極めて重要です。
現在のストック・オプションの会計制度では,ストック・オプションを発行したときに公正な価値を見積り,これを権利行使時点まで,会計上費用にすることになっています。